中西新太郎先生著『若者の気分 シャカイ系の想像力』(ブログ加筆修正しました)

教養衰退後のオタク的心性は、非政治的だと解釈されそうですが、この本で中西先生は、青少年向けのジャンル「ライトノベル」を読み解く限り、必ずしも非政治的とは言えない、と結論しています。

シャカイ系の想像力 (若者の気分)

シャカイ系の想像力 (若者の気分)

1 ライトノベルとは

おおよそ1990年代後半以降に日本でブレイクしたライトノベル群は、構造改革以降の日本の若者の心性を映し出していると著者氏は言います。
ラノベは、もちろん広義にはジュビナイル・ポピュラー・フィクションであり、過去の青春小説との連続性もあるのですが、書き手・読み手の年齢が若いこと、成長が必ずしもテーマになっていないものもあること、萌え系の表紙・口絵があること、ファンタジー世界を描いたものも多いこと、などに独自性があるそうです。
そして、内容的には、学園で孤立している「透明な自己」のキャラクターが、内省的で、常に現実に対するコミットを留保していることが多いらしいです(韜晦[トウカイ]の話法)。また時に「俺様主義の美少女」が登場するそうです。
ライトノベルに描かれた世界とは、ゼロ年代の若者にとっての、学校権力という大人世界、日常圏における疎外感をあらわしているそうです。まるで、今の若者にホッと出来る親密圏などないと言っているような感じすらしますね。

2 シャカイ系の想像力

最後に結論部で著者氏は、次のように述べます。
「既存の秩序の不動性を暗黙の前提として『意識革命』をめざす『自分さがし』の問題系とは異なって…日常圏と社会圏とを分断することなく、自己の生の現実に引きつけて閉塞から脱出を探る心性を…シャカイ系の想像力と呼ぼう」(p. 131)
そして、多くのライトノベルは、結末で普通人として生きることを引き受けることによって、そうした脱出を密かに志向しているとし、その意味で、オタクを非社会的とするのは当たらない、と主張しています。
しかし最終的には、ラノベを知らない私としては、結論部の「シャカイ系の想像力」の議論は、わかりやすいものではありませんでした。著者も「はじめに」で言及している、スギタシュンスケさんのブログにおける「シャカイ系」の説明のほうがクリアに理解できました、スギタさんは、宇野常寛さんを引きながら、恋人との親密な関係性のみの「セカイ系」でもなく、現実追随的にコミットするのみの「サバイブ系」でもなく、社会におけるサバイバルを通して人が絆を回復し、「しかもそのことが、同時に、システム・ゲームの改変・改良・改革へと結びついていく」ことを「シャカイ系」と呼んでいます。
http://d.hatena.ne.jp/sugitasyunsuke/20090806
私のフィールドとの関連を少しだけ書くと、ラノベは、ファンタジックな世界を自己のアイデンティティの拠り所とするという意味では、スピリチュアリティとは結構重なる面があるように思いました。自己啓発は、思いっきりサバイブ系ですね。

3 社会性の獲得など

著者氏の説明するライトノベルは、どこか尾崎豊的ティーン心性を、少年ジャンプでは飽き足らなくなったオタクたちのために結晶させた作品群のように思いました。あるいは、大槻ケンヂさんの歌詞世界も思い出しました。
本田先生の本でも思いましたが、著者氏の視線からは、やはり日本社会が子どもというものを非常に大事にしている様子も窺えました。
「たとえ『平和』なやり方で成長を遂げようとしても、たがいの関係に優劣を持ちこむ力によって、平凡であるがゆえにフラットだった関係は分裂の危機に見舞われる。『社会』はそのように1人ひとりの日常圏に介入し、生きづらさを常態化させる」(p. 143)
と言いますが、学校的空間ってそういうものなんじゃないでしょうか。学力競争とクラス内地位闘争。そのどちらも、排除してゆくのは現実には難しいでしょう。
中西先生がラノベを大変愛好されているのは非常によくわかる一冊ではあります。「ベタ」「ネタ」「スイーツ」といったネットスラングも登場するこの書は、岩波書店としても冒険だったかもしれません。願わくば、注釈的、譲歩的但し書き、そして括弧を使った補足は、もうちょっと整理していただけるとありがたかったです。また、日本の他のベストセラーとの比較も欲しかったところです。たとえば、村上春樹さんの初期の作品だって、充分に青春小説であり、羊男なるものが登場するファンタジックな面はありました。
自意識過剰を乗り越えて、社会と折り合いをつけていくのは、青年期の成長の特徴ではあります。ただそれに関して、ラノベから明快な解を読み取ることは、現状ではまだ困難な気がしました。

4 その他

いくつか疑問に思ったのは、
ライトノベル的物語は、アニメ/漫画というメディア上でも良いように思うが、小説に特化する理由は何なのか?
ライトノベルの何が「ライト」なのか?
ということもこのジャンルの素人として思いましたが、これはラノベに詳しい院生さんに訊いてみようと思います。
追記:最後の2点は、「ローコストで作品化できるメリットもある」「『ハードSF』に比べて、科学的考証も必要なくファンタジックなストーリーが展開するという含みがある」というご返答をいただきました。)