アメリカ西海岸文化、そして日本人とアメリカ

目次
1 カリフォルニア生活
2 アップルコンピュータ
3 アメリカンミュージック
4 宗教的イノベーション
5 私たちの中のアメリ

社会学の教員をしております小池と申します。…私は、洋楽や洋画に興味があり、そこから英語が好きになり、大学2年の時にカリフォルニア大学デイビス校に、大学院の時にカリフォルニア大学サンタバーバラ校に留学しました(ともに1年弱ほど)。カリフォルニア大学デイビス校で、第7希望ぐらいで「宗教社会学」の授業を取り、そこから社会学者になろうと志しました。

1 カリフォルニア生活

東海岸に入植したアメリカ人にとっては、Go Westで西にどんどんフロンティアを拡張していって、そのどん詰まりがカリフォルニアでもあります。アメリカのイノベーションの多くは、東海岸で生まれ、西海岸で大衆化するといった傾向があります。
よく言えば進取の気性に富んでいますが、悪く言えばあまり伝統を感じさせるものはなく、結構カオスです。ヒスパニックも多いので、公共の掲示、ケーブル放送などの面では、英語・スペイン語の2言語文化になってもいます。
ハリウッドやロスの印象が強いカリフォルニアではありますが、実際には「農業県」でもあり、「カリフォルニアが国として独立しても、世界で何番目かの農業国になるほどだ」といったことがよく言われていました。

実際のカリフォルニア生活はと言えば、とにかく、だだっ広く、クルマがないとまともに生活できない! という感じです。サンフランシスコのような例外的な場所を除けば、公共交通機関も発達していませんし、日本人の感覚で言ったら大半の場所はイナカです。よく、飛行機のロサンゼルス便で、ほとんど予定も立てず、向こうに行ったら何とかなるだろう、みたいな日本人旅行者の方が居ますが、大丈夫なんでしょうかとちょっと心配になります…「南カリフォルニアは雨が降らない」という歌がありましたが、確かに「砂漠のような気候だ」と現地の人も良く言います。
大学街では、とにかく留学生も多いですし、そもそもアジア系アメリカ人の数も多いので、まず日本人であっても、肩身の狭い思いをするということはないでしょうね。

2 アップルコンピュータ

さてそのUCデイビスで出会ったモノのひとつは、マッキントッシュでした。1991年の夏に最初に行ったのですが、当時、大学のコンピュータールームがすべてマックで、10分ほどそこのアルバイト君に保存、コピペなどの仕方を教わったらすぐにマスター出来、それ以来20年間、私はコンピュータはマックしか使っていません。

シンプルでわかりやすい、誰にでも使えるインターフェース、というのは、やはりカリフォルニア的であると今でも思います(ある種の「ノウハウ平等主義」ですね)。ガレージで起業し、イノベーションを次々と生み出し、しかし晩年は代替医療でガンと闘い、後任のCEOはゲイ男性、というスティーブ・ジョブズは、やはりカリフォルニアン・イデオロギーをもっとも体現した人物でありましょう。Designed in California, Assembled in Chinaと、すべてのアップル製品に誇らしげに書いてあるのは印象的です。世界で最も成功した会社になったアップルですが、ヤッピーの対抗文化精神は、反権威というところでかえってネオリベラリズムと結びつく等の観測は、鈴木謙介先生のご指摘のとおりだと思います。

3 アメリカンミュージック

1991年留学時には、ラジオから偶然DJ Jazzy Jeff & the Fresh Prince(のちのウィル・スミス;カリフォルニア出身ではないですが)が流れてきて、ヒップホップも浴びるように聴きました。ブラックミュージックと、細かくジャンル分けされたラジオ局はアメリカの偉大な文化だと思います。私は現在でもヒップホップファンなのですが、90年代のアメリカのラジオ局がなければ、こんなにヒップホップずきにはなっていなかったと思います。

2003年に、個人旅行で、オークランドエドウィン "Oh Happy Day" ホーキンスの教会のゴスペルワークショップに1週間参加したのも、黒人音楽と宗教世界とのつながりを体験する良い機会となりました。

4 宗教的イノベーション

社会調査的に言うと、カリフォルニアの宗教生活については、伝統的キリスト教がやや弱く、そのぶん様々な「宗教的イノベーション」「スピリチュアル・イノベーション」が盛んなところでもあります。最初にカリフォルニアに降り立った時に、UCバークレーに遊びに行ったのですが、その時最初に話しかけてきたのが…新宗教の布教者で、びっくりしたこともありました。瞑想やヨガをはじめとする様々な東洋系宗教も、一定の人気はあります。しかし「カリフォルニアでもっとも盛んな『宗教的イノベーション』は『無宗教』である」との観測もあり、期待して行くと、信仰熱心な人はさほど多くはないというのも事実です。

カリフォルニアの宗教的イノべーションのひとつのメッカが、ビッグ・サーにある「エサレン研究所」です。これはいわゆるヒューマンポテンシャル運動(人間潜在能力開発運動)の拠点となったグロウス・センター(成長センター)として残っている(数少ない)もののひとつです。現在でも、さほど高くない料金で、さまざまな心理療法やボディワークなどが受けられます。自己啓発セミナーのいわゆる「洗脳」技術も、こうしたカリフォルニアの様々な文化的実験の産物と言えると思います。私もエサレンの2泊3日の入門プログラムに参加しましたが、オカルトずきの人、ゲイ男性なども居たり、温泉やオーガニックフードの食堂もあったりして、たいへんカリフォルニアらしい文化体験でした。

5 私たちの中のアメリ

一度でもアメリカに住んだことのある日本人は、現実のアメリカ人は日本で想像するものとはちょっと違うということに気づくと思います。見てくれの良い人、おしゃれな人なんて、多分東京のほうが多いんじゃないでしょうか。レストランやお店などで、露骨に差別的な扱いを受けることもまれではありません。アメリカンドラマ「MADMEN」や「24」にもかなり人間不信なトーンがありますが、アメリカ人は「抽象的な他者にはあるていど信頼があるが、身近な他者のことはあまり信用していない」文化のような気がします。日本は逆に「抽象的な他者は信用していないが、身近な他者のことは結構信頼している」文化だと思います。陪審制、裁判員制度に対する両国の世論にも、それがはっきりと現れていると思います。

というわけで、アメリカ文化が好きで、つごう2回も留学してしまい、カリフォルニアからの影響もきっと強い私ではあります。が、文化としてのアメリカには今も大きな興味をもっているけれども、現実のアメリカ人たちと長期にわたって友好な関係を築くということには失敗したかな、という思いもいっぽうではあります。
映画でも音楽でもコンピュータでも、3億人もの人が住む多文化な社会で頂点に立つものが、わかりやすく優れているものでないわけがありません。しかし日本も、たとえば私の分野である社会学で言えば、1億2千万の人口の中から、それなりに良質なもの(研究)を生産していると今では思えます。私自身は、アメリカ研究専攻ではありませんし、論文や著作も基本的には日本でのフィールドワークをもとに書きました。

日本人にとって、カリフォルニア人、いやアメリカ人という存在は「ブラウン管の中のアメリカ人」「全米トップ40の中のアメリカ人」で居てもらったほうが、ユメが消えなくて良い時もある、というのが、変な言い方ですが、私の現在の結論的印象です。

番組の成功を心より祈念いたします!

(2012年に、あるラジオ番組の特集にリスナーとして投稿したメールの抜粋です)